踏み絵

本当は書かないといけないこと、やらなければならないことがたくさんある。みんなやることがある。しかし、自分の考えを整理するために書く。

なぜこれをインターネットに公開するのか?――わからない。ただ、他人の目に触れると考えると、私は少しだけ自制心を取り戻せる。これを書いている間、それがもつことを期待している。


中学校二年生のとき、青山という人がいた。社会科の先生だった。もちろん偽名だ。彼は太っていて、女子ソフトテニス部の顧問で、娘が二人いた。タバコは吸っていなかった。生徒からは適切な距離をとっていた。そのおかげで、馴れ馴れしくされることも、逆に抵抗にあうこともなかった。間違いなく平均よりもずっといい先生だった。

授業の流れで、青山先生は踏み絵の話を始めた。このすり減った鉄の板を踏まなかったために、多くの人が宗教を変えさせられた、と彼は言った。その後、宗教を変えろと言われて、はいそうですか、と変える人はいない、と続けた。しかし当時の幕府は改宗を実行した。

それから彼は、「これは本当に馬鹿げているということを覚えていて欲しい」と言った。こんなものを踏まなかったせいで殴られるなんて、そんな馬鹿な話はない。こんなものを踏んだ程度で、何かがだめになることはない。こんなのは踏みまくって、何なら歯で噛んでやればいい。その後で、家に帰ってキリスト教徒に戻ればいい。誰も君たちを責めたりはしないし、それで駄目になる信仰なんてない。

それから10年間、私は何度も何度もこの話を思い出す。彼が踏み絵――つるつるにすり減った青銅の板――を頭にぶつけるのを今でも覚えている。多分、この記憶が何度も修正を受けていて、きっと原型をとどめてはいないとも思っている。


もちろん、この考えを糾弾することは容易だ。宗教心や信仰がまるで理解できていない、とか、人には命をかけてでも守るべきものがある、とか、言いようはいくらでもある。宗教の自由をもちだすこともできる。面従腹背することが、単に体制の強化をもたらすだけだと言うこともできる。

一方で、この考えを支援することもできる。宗教は人を救うものであって、死に至らしめるものではない。『大きな物語』のために殉教を肯定するのは蛮族の理屈だ。いくつかの場面で、人の命より重いものの存在を認めるとしても、人の命となにかを引き換えにする理論はどんどんエスカレートしていく。

かつまた、この条件付けが、問題を不良設定にしているとも思える。これは擬似問題で、この状況に置かれるということそのものを問題にしなくてはいけない。

私はこれらの全部を、どれも信じることができる。おそらく多くの人がそうであろうとも思っている。ただ、気に留めておいて欲しい。私は今、特に解答を出そうとはしていない。ただあてもなく怠惰にぶらついているだけだ。


逃げるべきなのだろうか? シリアのときも同じことを思い出した。数年前、すぐ近くにシリアからやってきた医者がいた。毛深い腕をしていた。彼とはほとんど話さなかった。後で聞いたところによると、彼は当地での医療が嫌になったらしかった。頭に穴が空いた人が転がっていて、その人を治療しないといけない。砂と血が混じっている。車から出るときは窓を開けて降りないといけない(爆弾が近くで爆発すると、窓が全部割れてしまうから)。

特に答えがないのはわかっている。いろんな場面があって、いろんな選択肢がある。カミュの小説にあるとおりだ。新聞記者がペストを逃れるために隣町への列車のチケットを買う。向こうの街では恋人が待っている。そして次の日、役所に電話を掛ける。なにかできることはありますか。もちろん、ここには人間存在の機微とやらがある。しかしそれは――うまい言葉がみつからないが―― できすぎているように私には思える。そういう話ではないと思っている。青山先生が語る踏み絵のエピソードは、そういうものではない。


ソ連からの亡命について調べていた。多くの場合、「自由を求めてアメリカに渡った」と書かれている。踏み絵が頭に浮かぶ。ほとんどなんの関係もないのはわかっている。しかし、渡るべきなのだろうか?

アメリカにはたくさんいいものがある。言論の後の自由もある。それはわかっている。祖国には家族がいる。自分の慣れ親しんだ土地もある。少なくとも、突然殺されるようなことはまだないとも思っている。寒さも外国人が言うほどひどいわけじゃない。なんにでも人間は慣れるわけだし。それもわかっている。

私はだらだらと考えているだけだ。結論を出そうとも思っていない。なんの意味もない考え。人生で何も意味をなさない時間の浪費。単なる無。


ウクライナの大統領はキエフに残ると言っている。おそらく自分が死ぬとわかっているのだと思う。死んだ後にどうなるかも、残ることで国民がどう考えるかも、それがどういう結論をもたらすかもわかっている。

私はまだこれについて語ることができない。『言葉の範疇を超えている』とも言いたくない。お気に入りのエロ動画を見たりする。自分の性器と性欲が実に経済的にできていると思う。何も解決はしない。


もっとちゃんと推敲するべきだと思う。ページビューを稼がないと、ネットでバズらないといけないから。最初にキーフレーズを入れて、『踏み絵と化した現代の倫理』みたいなタイトルを付けて、エピソードももっと盛って、表現も「答えのない問い」とか「人の命の厳然たる喪失」とか「わたしのむねがふるえる」とか書かないといけない。100文字くらいで引用できる気の利いた表現があるとツイートしやすい。もっと段落をわけないといけない。ジェンダー的な表現でクソオスとクソアマを小馬鹿にすると効率がいい。ネットの読者は飽きやすいバカしかいない。こういうのが私にはもうどうでもよくなっている。本当にどうでもいい。これが原因で、私の小説を書く場所がなくなってもどうでもいい。もともと、そんなものがあるとは思っていない。


どうして東京にいるべきなのか分からなくなる。友人が結婚する。子供ができる。ちょっと電話で話す。山梨に戻るのを考えている、と彼は言う。私は頷く。

山梨は本当にいいところだ。空気がいい。勝沼には小口のぶどう農家がたくさんあって、どこも小さなワイナリーを作り始めている。フランスの農科大学に修行に行った女性が頑張っている。桃もいい。釜無川が流れている。登るべき山がたくさんある。甲府の科学館に行くまでの道はヘアピンカーブが何度も続いている。途中、突然、木々が途絶える場所がある。盆地が一望できるところだ。車を停めるところはない。護国神社にでも車を置いて登らないといけない。結構きつい坂だ。でもすごい景色だ。真っ暗な盆地に、明かりが灯っている。たくさんの生活の光がある。あそこにあるのが英和中高で、あれが山梨大学のグラウンドだ。グラウンドの端には部室棟が並んでいて、軽音のサークルがいくつか入っている。午後の5時くらいになると、アジカンの『海岸通り』や、教本で出てくるようなパワーコードが流れている。これらは全部ほんとうのことだ。

山梨は本当に悪いところだ。無尽という個人間のカネの貸し借りが未だに行われている。女の大学進学率が低い。賢い子どもたちはみんな、親から医者になれと言われる。そして本当に医者を目指す。甲斐ゼミナールに通ったり、バカみたいに重い教科書をリュックと頭に詰め込んだりする。人生の目標を失って、都会に出ることもない若者は、毎週金曜日、飲み屋で給料を溶かしている。なんのビジネスも生まれない。要介護の人間ばかりが増え続ける。老人に年金を渡しているのか、老人から年金を回収しているのか、分からなくなる。誰も子供を持とうとしない。子供のとき好きだった女の子は、聞いたこともないものを売る会社で事務員をやっている。歯の矯正はもう取れているんだろう。マッチングアプリで知り合った男に、きっと昔と同じような笑い方を見せる。

山梨はあってもなくてもどうでもいい。私はおそらく、これから一生、山梨の土地を踏まずに生きていける。五体は満足だし、病気もない。少しプログラムが書けるし。外国に行ってもいい。英語もちょっとだけはできる。ロシア語だってまだ文法と単語くらいはわずかに覚えている。スペイン語も面白そうだ。私は世界市民だと言い張ればいい。それに、どこでも故郷のことを思い出せる。川があって、大学があって、教会か神社があれば、そして秋の夕方に、秋の最後の太陽がまだ空気の中に漂っているときに、餓死者の手のような桃の木が道端に生えていて、腰までの高さしかない小さな門――それは白い大きな目をした小人たちが住む村の門だ――があれば、そこは甲府市のように見えるだろう。私達はどこでもそれを見つけることができる。

私はこれらを全部信じることができる。何もかもそのとおりだと思える。これは多分、そんなに特別なことではないとも感じる。踏み絵のことを考えている。


私は何のテーマでこのブログを書いているのかわかっていない。この混乱を収める言葉があるとも思っていない。引用符でくくれるような言葉が、110分映画の最後90分目ジャストでモーガン・フリーマンが囁くような台詞が、どこかの大学准教授が編みだす理論が私を救い出してくれるとも思わない。

私はそもそも救われたがっていない。傷ついてもいない。泣くこともない。特に身の上に嘆かわしいことがあるわけでもない。お金に困ってもいない。私は単にだらだら考えている。本当にバカみたいだと思う。自分がおかしいとも思わない。正確に言えば、多かれ少なかれ、みんなおかしくて、おかしさ度を(アンケートなどの手法で)定量評価したら、私は2シグマ区間に入るくらいだと思っている。


仏教思想について調べていた。ブッダはかなりヤバイやつで、手近なやつをどんどん出家させて、その親にガチギレされていた。諸行は無常だと彼は説いていた。私達に見えるものは全て無常だ。全ては移り行き、また新しく何かを発生させ、それもやがて塵になって消えていく。輪廻する意識などはなく、物質は単に不変で、カルマだけが受け継がれ、起こるものを起こしては消えるものを消していく。涅槃が遠くできらめいている。そこへの行き方を突如として知るものもいる。それは推論ではたどり着けない場所だ。全くそのとおり。

一度も言ったことのないウクライナという場所で、戦争が始まっている。こう書いた時点で、私は徹底的に私を痛めつける十分な理由を得る:

一つ、この戦争は今日昨日で始まったものではなく、2014年のクリミア併合、2004年のオレンジ革命によってロシアに与えられた印象まで遡ることができる。今日、誰かが死んだのを即席に悲しむことは、自分のこれまでの無知と無関心の表れでしかない。

二つ、この他にも戦争は多くある。1945年以降、戦争が地球上から消え去ったことはない。去年の今頃も、どこかで全く罪のない子供がそれまで全く罪のなかった青年の手で殺されている。今日の子供の涙で感情を動かされるなら、それまでにもっと動かされてしかるべきだった。

三つ、これは安全圏からの批評でしかない。日本にはそれほど差し迫った危険はない。確かに、プーチンからしてみれば、日本は主権国家ではないが(防衛力の一部をアメリカに依存しているため)、それが直ちに危機につながることもない。要するに、カウチに座ってコーラを飲みながら、「ちょっとリアルな映画」を見ているのと何ら変わるところがない。

四つ、これは道徳的シグナリングである。人間には進化の過程で道徳的シグナリングというものが備わっており、繁殖機会(要するにセックスのこと)を増やすために、自分がいかに他人より道徳的かを誇示しようとする。ついでに言っておけば、ここでいう道徳とは、孔雀のきらびやかな羽のようなものだ。優しさとか人類愛とかとそれが結びついているのは、ライオンのたてがみがライオンの首と結びついているのと同じ意味しかない。

五つ、これは単に嘆きやすく、批判しやすい出来事を嘆き、批判しているだけだ。自分では有効な行動が一切取れず、かつ、自然災害と異なり、明確に糾弾できる相手がいる。これは本当に議論しやすい。言えばいいことが決まっているからだ。教科書どおりに教科書が読めてえらい。

六つ、ウクライナで実際に人が死ぬことが繰り返されているときに、戦争にかこつけてなにか思想を開陳するのは、本当に下品で、唾棄すべき行為だ。恥を知れ。

これらは全部そのとおりに思える。これは本当にそう思える。全く異論がない。同時に、私は別に死にたいわけでもない。自分が最低のゴミ野郎だとも思っていない。正確に言えば、私は特に何も考えてはいないと思う。


これを書き始めたのは4時半だ。もう6時になろうとしている。私は書くのをやめようと思う。