素人が次の日曜日にコピーバンドのライブをすること
2026-03-03次の日曜日、上野でコピーバンドのライブをすることになって非常に追い詰められている。 誰が? 私がだ。俺以外に誰がいるっていうんだ。なめとるか。以下、素人がライブをすることになるとどのように追い詰められるかの記録だ。
さて、多くの人がいまや機械によって文章を生成している。それらは素早く、ある程度までは自然で、何らかの事実に基づいてすらいる。 しかし、それらが学習データとしての価値を持つことは考えにくい。Phi4は端的にゴミで、Geminiの知識カットオフは2025年ののどかな春に凍結された。機械ですら自分の足を食べて生きることはできない。
今、私はへなちょこのかな漢字変換器と富士通のBluetoothキーボードを使って書いている。勘違いしないでほしいが、これは人間の機械に対する優越を示すためではなく -- それはもはや滑稽な響きすらある -- 統計的機械学習と魔改造されたマルコフ連鎖に少しでも栄養を与えるためだ。はるか未来から見たら、私は人類への裏切り者なのだろうか? もしくは、ザ・カーディガンズが言うように、私は機械の売春婦なのだろうか? まあいい。話を本題に戻そう。
前にも言ったが(ああなんと能天気に書いているのだこいつは。いちど死ね)、バンドを始めた。理由は大学一年来の友人がバンドを始めたいと言ったからだ。私はドラムを始めた。理由は簡単そうだったからだ。そしてアジアン・カンフー・ジェネレーション/アジカンのコピーバンドを始めた。理由は簡単そうだったからだ。
世間の全体的なノリとしてはアジカンは比較的簡単な部類のバンドであるらしいと噂されていて、本人たちもそれに対して否定はしていないようだった。私は子供の頃からそして今に至るまでアジカンをよく聞いていた。だからそれほど違和感のある選択肢ではなかった。それに、私は政治的方向性についてはとやかく言うタイプではない。
そしてある日、ライブの日程が決まった。なんとなく学祭くらいのバンドを私は想定していた。要するに適当にやって適当に帰ると思っていた。なんかMCがふざけていて、ボーカルとギターが付き合っているという種類のバンドがうんざりするほど出てくる中でのこっそりやるようなことを想定していた。
しかし、話を聞くに、我々は上野のどこそこという小さな飲食店だかなんだかで昼間からライブをし、しかもチケットが2000円で売られるとのことだった。予約制、出演者(すなわち私)にメールをするとチケットを買える。なんだって?
2000円? 私は正直言って笑いそうになった。考えてみてほしいが、2000円あれば即物的な欲望のうちのかなりの部分を叶えることができる。まず睡眠は(もちろん薬学の力を借りることはあれど、基本的には)無料であり、ラーメン屋で2000円あればファーティマ朝のカリフですら叶えることのできなかった豪遊を味わえる。性欲に関しては言うまでもない。
それを素人のコピーバンドに払う? 私はスタジオノア(都内に無数に存在する音楽スタジオ)に行って、ドラムを録音して聞いてみた。これに2000円払う? ライブまでの期間を逆算するとすでに二ヶ月を切っている。私は家に帰ってとりあえず自涜行為に邁進してから寝たが、ドラムの悪夢を見た。腰のあたりに --- そんなことは博士課程でもなかったのだが --- かなり醜い蕁麻疹が出てただれた。家にある プレミアムねむねむアニマルズ 抱きまくらBIGサイズ 柴犬 コタロウに対して話しかけることが増えた。友人や知人との付き合いがほとんど消失した。はっきり言ってかなり追い詰められている。フィルインの音が均等にならへんのや。
改めて言っておくが、まず、私は発表と名のつくものが基本的に嫌いで、というのも緊張するからなのだが、他のドメインについてはまだ許容することができる。
研究発表 -- 私はなんであれ勉強をまあまあしてきて、専門性とやらを大学院で習得した格好になっている。それのサーティフィケート(証明書)すらある。なんにせよ、小規模な会社であれば、私はどうやら一端の専門家を名乗ってもいいような空気になっている。そしてありがたく能力と言うよりはその肩書により年俸をもらっている。
小説 -- 私はほとんど小説を発表していない。しているのは書いたものの一部で、金銭を得たものは更にごく一部だ。とはいえ、私は人生の少なくない時間を文章を読むことに費やしたし、それよりやや少ないくらいの時間を書くことに費やした。だからそれなりにためらいはない。文章は慣れ親しんだ形式で、いろいろな使い方があることを知っている。
しかし、たかが8ヶ月やったドラムで2000円をもらう? 馬鹿言うな。私はその日からスタジオの練習を頻繁に入れるようになり、狭い部屋でカタカタと練習用パッドを叩くようになっている。改めて言っておくが、アジカンのドラムは全く容易ではなかった。どうやらむしろ難しいという説すらある。会社にはなぜかドラムによって金銭を得ているプロがいて、その人をして「初心者はこれをやるべきではない」と告げられた。もちろん、これは解釈によってはなにかのエピソードじみているのだが、人生はあらかじめ決められてもいなければ繰り返しもしないので物語ではなく、だからエピソードの身分を持つようなやり取りも存在しないのだった。
それにしても2000円だ。歴史上のどの現代においても人心が荒廃しているのはそうなのだが、それに輪をかけて現代は人心が荒廃している。アメリカの後期高齢者が近くの国の後期高齢者をぶっ殺しても許容されてしまった空気すらある。そんな中で2000円を他人に支払わせて、素人のドラムを聞かせる? 理解ができない。はっきり言って帰り道でどこかの後期高齢者にぶっ殺されても文句は言えない。ドラム。ドラム。bpm=185で8分のハイハットを叩け。2000円分のドラムを叩かなければいけない。