『LAヴァイス』
2018-04-28『LAヴァイス』メモ
トマス・ピンチョンが書いた『LAヴァイス』を読んだ。最近、少しひどい本が多く(『オールドパンク・哄笑する』はほんやくがちょっとひどすぎてワロタぞ)、ディプレッションに悩まされていたが、この本はかなりなかなか結構良かったので、メモを残しておく。
まず、私はアメリカに行ったことがないし、LAについてもほとんど意見はない。60年代のラブ・ピースについても詳しくはない。大学の駐車場のアスファルトを剥がして、マリファナ入りの炊き出しを行った彼らが、今、体制側に組み込まれていることを、少しさみしく思うだけだ。1967年10月21日は、彼らがペンタゴンを取り囲み、銃筒に花をさしていた日だ。しかし、ぼくの記憶が正しければ、同じ年の3月には、ジョンソンは北爆を停止する命令を出している。私はいつも、ヒッピーのラブとピースを聞くたびに、それはどことなくタイミングを外してしまったように思ってしまう。私達の国にもかつてあった、若者たちが政治を語る集団と同じように。
さて、『LAヴァイス』はヒッピー文化が盛りを過ぎた1970年ごろの話だ。LAで私立探偵社を営むヤク中のドック(彼が借金取り立てのバイトをしていたときに付いた偽名)のところに、彼の元カノが尋ねてくるところから始まる。元カノは大不動産王ウルフマンと絶賛不倫中で、しかもその男の奥さんが、また別の男と不倫していて、しかもウルフマンを精神病院にブチ込もうとしている。困ったぜ。次の顧客は黒人で、どういうわけか、ウルフマンの護衛をとっちめてほしいと言ってくる。
そこで、ボディーガードをとっちめに行ったドックだが、どういうわけかそいつは殺されていて、その場に居合わせたドックに容疑が掛けられる。こりゃたまらん。調べていくうちに、『黄金の牙』という、何かよくわからない船/秘密結社が暗躍していることが分かってくる。調べるはずのウルフマンは失踪(誘拐か?)されてしまう。奥さんの浮気相手はおっ死ぬ。どういうわけか、死んだはずのサックス奏者が生きて、事件に絡んでくる。謎を探っていくと、どんどん関係者が死んでいく。警察や最初期のインターネット、マリファナ、コカイン、LSD、ファック、殺人、ギャンブル、砂漠に建てられる予定の馬鹿げた施設、精神病院、黒人結社も絡んで、さあどうなるドック、謎は解明するのか? というかLSDは嫌だけどマリファナはありってどういうことだ? というか、それだったら何で事務所の名前が『LSD探偵社』なんだ?
個人的には、ストーリーの流れや、散在しているメタファーも面白いと思うのだが、やはり、文化的なバックグラウンドがかなり違うので、そこまで理解は出来ていないだろう(特に、WAMBAMあたりの話)。それに、文学作品について、ここがこうブンガクなんだという話は、それこそCiNiiを漁れば死ぬほど出てくる。
なので、今回は、『ココらへんが超爆笑』という話をする。特に、ジャポニカ・ファンウェイというキャラクターに焦点を当てる。この女の子の両親が、昔、ジャポニカの家出に際して、ドックに頼んで捜査させたということもあり、ドックとジャポニカは一応、顔見知りではある。ここまでは、ちょっと特殊、くらいで済む話だ。
ドックは重度のヤク中で、ジャポニカが私立のヤバい精神病院に何度も入院していることを考えると、事情は変わってくる。
ドックとジャポニカは、ある歯科病院でばったり鉢合わせる(ちなみにこの歯医者の建物は、黄金の牙の形をしていて、歯医者はトランポリンのそばで、背広を着た状態で殺される)。というのも、歯医者は、前述の精神病院にこっそり行っては、そこの女の子と《治療》で楽しんでいたという経歴があり、ジャポニカは特に彼のお気に入りだったからだ。
所用が終わって、さあずらかろう、という段階になって、ジャポニカはそこにいた全員をおくっていくと申し出る。このときのメンバーは
ドック:ヤク中
ブラッドノイド:ヘンタイの歯医者
デニス:ドックの友人(ヤク中)
ジャポニカ:狂っている(運転手)
である。意味不明だが続ける。流石に心配になったドック(ノードラッグ状態)が尋ねると、こういう会話になる。
「ブレーキやライトなんかは大丈夫か、ジャポニカ。ライセンス・プレートのライトもちゃんと点くよな」
「完璧よ。ウルフガングは定期点検に出したばっかだから」
「ウルフガングって?」
「あたしの車」
完全にライトノベルのノリである。
ジャポニカは快調に車を走らせていたので、ハリウッドのまばゆい白光を抜け、ドヒーニー・アヴェニューを過ぎたあたりまで、ドックは気がつかなかった。(a)すでにあたりは暗くなっている、(b)ヘッドライドが点いていない。
「あのさジャポニカ、ほら、ライトは?」
彼女は鼻歌を歌っている。ドックは嫌な予感とともに、それが何のメロディーか気がついた。『ダーク・シャドウズ』だ。ジャポニカがさらに四小節ほど口ずさんだあと、ドックはもう一度声をかけてみた。「ねぇ、そのほうがグルーヴィーだぜ、ほんと、ジャポニカ。ライトを点けさえすればいい。ほら、ビヴァリーヒルズのサツって交差点ごとに坂の上の方で潜んでるでしょ? 善良な市民を捕まえようとして、ほんの小さな違反を手ぐすね引いて待ってるってわけだ。たとえばライトを点けてないとかさ」
鼻歌の歌い方が尋常ではない。ドックはうっかり彼女の方を見てしまった。彼女が見ているのは道路ではなくドックだった。カリフォルニア娘特有のブロンド髪のすだれ越しに見える目が、獣のようにらんらんと輝いている。うわ、これはヤバい。
もちろんフリなのだ。ちなみに、『ダーク・シャドウズ』はこういう曲である。Songs mentioned in inherent viceを参考にした。
「あのね、ジャポニカちゃん、今のは赤信号じゃなかったかな?」ブラットノイドが自体の収拾をはかろうとして指摘する。
「いいえ、そうじゃないでしょ」と彼女が陽気に答える。「あれはアイツの 目 なの」
「うわ、なるほど」とドックが宥めるように。「そりゃそうかもって思うよ、ジャポニカ。でも一方ではほら――」
「違う違う。君を監視してる”アイツ”なんて存在しない」ブラットノイドがいくらかイラつきながら。「それにあれは”目”なんかじゃない。あれは、完全に車を停止させて青になるまで待てっていう、そういう警告なんだよ。運転教習で習ったの、覚えてるでしょ?」
「あの色、そういう意味だったのかあ」とデニス。
デニスお前……。ちなみに、デニスは「高校に運転教習はあったよ(受講したとは言っていない)」と、ドックの車を運転して、見事に大破させている。
もちろん、ジャポニカ達は警察に見つかり、(ドックの努力もあり)路肩に車を停めることに成功する。デニスは車の天窓から逃げようとして(?)、うまくいかず(?)、一緒に取り調べを受けている。
「あんたが”猛獣”(グレート・ビースト)?」すっかりイカれちまったジャポニカが、淫行条例違反で相手を破滅させかねない妖しげな明朗さで尋ねた。
「違う違う違う」ブラットノイドが必死で繰り返す。「これはおまわりさんなんだよジャポニカ。君の身の安全を確認しに来てくれたんだ……」
「とにかくライセンスと登録証を」と警官が言う。「ライトを点けずに走っていたことは認識してますね」
「でも、暗くてもあたしには見えるのよ」とジャポニカが熱心に頷きながら。「ほんとによく見えるんだから」
そして、このヤバい四人組がどういう顛末を迎えるかと言うと、次のような《カルトウォッチ》というパラノイアな話を聞くだけで終わる。
1:三人以上の市民があつまっている場合
2:ヨハネの黙示録的終末思想への言及がある場合
3:肩あるいはそれ以上の長さまで髪を伸ばしている男性がいる場合
4:運転中の不注意による危険行為がある場合
は潜在的なカルト集団とみなす。
五〇〇ページくらいある小説なのだが、聖書のサーファー的解釈とか、突然始まるミュージカルとか、20キロのコカインの塊を「テレビの箱に入っていたから」という理由で、テレビだとみなし、仲間みんなで、コカインの塊をぼーっと眺めるとか、電話の向こうでどの車種が走っているか当てられる古楽器奏者(エロい)とか、だいたいどこもノリがこういう感じなので、とてもおすすめです。
以上でした。
日記
ところで、あなた達が期待する彼らであるが、今日はまだ来ていない。私が土曜日に日記を書く理由は、もしかすると、彼らのような人がいないと、私は書く気力がかき集められないからかもしれない。B'zも敵がいなければ始まらないとこそ書け。それにしても、ポップ・ロックのスターを挙げるとは、ぼくの文化的なお里が知れるというものだが、ぼくはここにお里の話をするために来たのではありません。