海岸になった友人

知人が海岸になった。しばらく前の話だ。一年くらい前だった気がするが、はっきりとは覚えていない。何の花が咲いていたのかも思い出せないくらいだ。大学院生の時間軸というのは多かれ少なかれ混濁している。

モルディオ家のリタ

久しぶりにブログを更新する。明日もするだろう。

文章をまた書き始めている。ネットで私ではない誰かが、一度やめた小説をもう一度書き始めていた。この停止と再開は何度も繰り返されてきたと注意した後で、彼女は、「自分のいる場所に錨を沈めるように小説を書くのをやめていた」と言っていた。これはなかなかいい言葉だったから、ここで改めて書いておく(そしてリチャード・ドーキンスの顔を思い出す)。

お前らは分かってない。村上春樹『街とその不確かな壁』はこう読むんだ。尻の穴かっぽじってよく聞け【書評】

初めに

村上春樹の『街とその不確かな壁』(以降、『街と』)が出た。もちろん読んだ。小説の内容については次のページに詳しく書かれている。私はこのあらすじ以上によいものをかける気はしない。だから、あらすじを求めてこのブログ記事を読むのは間違えた考えだ。

四月は最も冷酷な月

四月は最も冷酷な月、芽吹く

ライラックが死んだ土地から、混ざり合う

記憶と欲望が

(エリオット 『荒地』)

大学を離れる

これは極めて久しぶりのブログの更新で、しかもきわめて個人的なことでもある。だから、もしかしたら、このような記事を書くのはプライバシーの観点から問題があるのかもしれない。しかし、もはやこのブログを見ている人は誰もいないだろう。また、より一般に、ブログというのはほぼ死滅した表現形式だ。ブログの形式をもって書かれた小説は極めて多いが、それがたどる運命はメールの形式をもって書かれた小説(『バビロン・ゲーム』を挙げよう)とほとんど同じ軌跡を辿っている。これは全く悲しむようなことではない。ただ、私は二十年前に生まれてきたほうがよかった気はする。

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