コミットからの逃亡

日記に続くもの

今週は製本化されたもの、パッケージ化されたものをよく消費した一週間だった。

非常に長い記事になるので、以下を参考に、好きな部分までたどるとよい。

  1. BABELZINE書評
  2. 『アド・バード』書評
  3. ジョルジュ・アガンベン関連書籍書評
  4. 『正解するカド』評

私が15歳で死んだ時の話

日曜日。馬鹿げた文章を湯船一杯分も読んだ。

たこ(自動小説)



カッサータ、梅シロップ、レシピ

誹謗中傷について

道徳的な観点から見て、私はまず謝罪から始める必要がある。

『君の膵臓を食べたい』はヤバい。『植物図鑑』よりヤバい。

先日の日記を更新した。

ネオ日記

今日は晴れだった。

情報化社会と権力の解放が極限まで進んだ世界においては、個人のプライバシーは消失する。(『個人のプライバシーがない』とは非文めいているが)我々は他人の全てを知ることになるし、逆に――もしくは、その対価として――他人に全てを知られることにもなる。

そのような時代における日記――ネオ日記――に書かれるのは、皮肉にも『今日は晴れだった』程度の事だろう。それ以外の情報は、全て完全に外部へ記録される。今日は晴れだった。その光が私の瞳孔に刺さった。そのまぶしさ、私の光彩が絞られる痛み――私的で、どうでもいいもののみが、我々の自由に扱える情報として残される。

このような観点からすると、ネオ日記時代の文学は極めて牧歌的になり得る。

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