様々な先送り

日記

 ある種の考え方が、ある集団の中で《暫定的に正しい》と言われるのは、その考え方に対する反論を、その集団の中から、自由に提出することができ、それらの集団が、反論に対して反駁を行うことができ、そして実際にこれらのことが行われるときであり、そのときにのみ、こう言うのだと、私は思うが、多くの場合、この基準は、正しさの概念を使おうとする人にとっては厳しすぎ、使われる側にとってはゆるすぎる。

 とんでもなく長い一文を書いてみようと、私は思っただけだ。(ところで、『私は思う 』という言葉は、何を含意しているのだろう? 『私は思う』ではないことで、それでいて私の中にあるものがある? 感じる等々? 私は言語をあまりにも粗雑に扱うのだが、この理由は、言語が十分に強靭だと、私が……ううん!)私は日本人のように日本語を書きたくはない。私はもっとへたに書きたい。間違えた言葉と厳格な文型を、私は使いたい。もっと少ない言葉の種類を使って私は書きたい。おそらく私は単に書きたい。

 この世にはたくさんの種類の遅れがある。精神遅滞であったり、電車の遅延であったり、配送の遅延であったり、認識の遅延であったり、あなたが思い浮かべるタイプの遅延であったりする。これで、少なくとも、あなたがこのリストの漏れを知覚することはない。

 多くの日記と同じように、私も自分の遅延について、嘘のストーリーを話そう。

 ダルクという場所があり、そこでは薬物治療者が、麻薬から脱するための治療を受けていた。というよりも、単に麻薬から隔絶された生活を送っていた。彼はここで働いていた(私はこのお話を、私の経験だとしないことにした)。
 彼は私より一歳年上だった。彼は、大学の先輩の一人だった。彼に関して、示唆的な話は、次のようなものだ。
 彼(サタケ)には付き合っている女の子がいた。彼と同じ中国語のクラスの女の子だった。いつも、その子は、デートに三十分以上遅れていた。サタケはそれを許していた。大学におけるほとんどすべての恋人と同じように、彼らも別れた。理由は、サタケがあまりにも寛容なことだった。「ちょっとは怒ってほしい。なんか怖い」と、彼女は言ったらしかった。それは八月の猛暑の日で、彼女は三時間遅れて待ち合わせ場所に来たとのことだった。サタケは恋人と同時に水分と意識を失い、搬送先の病院には私が呼び出された。
 彼らが映画館に行ったことはあったのだろうか、と、病院の待合室で、私は思ったが、そんなことはどうでもいい。

 彼がダルクで働き始めてから一年後に、我々は食事をした。茨城県の国道沿いの中華料理屋だった。床は油で黒くなっていた。中国人の家族連れが騒いでいた。サタケは彼らと談笑していたと記憶している。
「どうですか?」
 と私が尋ねると、
「広いよ、疑問が広い。オープンクエスチョンがすぎる」
 とサタケは返した。これはいつもの会話だった。彼はザーサイを頼み、私はザーサイが嫌いだと言った。これは渋谷の餃子店で我々がよく交わした会話だった。
 彼は赤い何かの食べ物を、私はチンゲンサイが入った何かの炒め物を注文した。我々は何かを飲み、何かを食べた。電球は裸の黄色い電球だった。テーブルの上には、コイン式のおみくじが載っていて、ほこりと油で汚れていた。
「最近さ、また彼女にフラれたんだよね」
 と彼が言った。マジっすか、と私は答えた。その恋人は、ダルクから出たばかりの、痩せた女の子で、恋人になると同時に、彼のLINEの連絡先をすべて消去するような人だった。彼のメールは、すべて、恋人に転送され、BCCが彼女のもとへと忠義深く馳せ参じた。彼の財布は厳重に管理され、一度、彼が突発的にモナ王を食べたいという、抗いがたい欲求に、定義から抗えずに、モナ王を購入した際には、彼女は、彼の夕食から、きっかり108円分を取り除いて食べさせたほどだった。
「それは、なんというか……特注のパノプティコンみがすごいですね」
 と私は伝えた。彼は頷いたが、義務的なものに対する態度だった。
「なんて言われたんですか?」
 彼女の写真を彼は見せてくれた。私は彼女の腕を見た。彼は私がそうしたことに気がついただろう。私はするべきではなかったことをした。
「怖いんだって、おれ」
「何が?」
 さあ、と彼は言って、スマートフォンをしまった。これ以上会話が続かないことを私は望み、そうなった。過去のようなものを述べることにおいては、強い力を私は持つ。私は改ざんしたことを述べるし、あなたはこれに異議を申し立てることができる。立て給え。
 会計のとき、中国人の女性は、勘定を少し増やした。彼は払おうとした。私はそれを押し留めて、彼女を眺めた。
 彼女は伝票に斜線を引き、正当な金額を要求した。私はその金額を払った。私は彼女が国籍を持っていない、もっと抽象的な女性店員であればいいと思った。私は差別主義者ではない。少なくとも、なりたくはない。

 我々は、駐車場の車止めに座って、コンビニで買った酒を飲んだ。我々はあまり多くを喋らなかった。
「俺さ、あんまり、どうでもいいかなって思うんだよね。別にどうでも良くない? その、あんまり気にしないんだよね。お金を管理する、ああそう。友達ぜんぶ削除してよ、ああそう。みたいなさ」
 私は彼の顔を眺めていた。頬には深いしわや、クレーターのようになった傷があった。その来歴を聞いたことはなかった。
 なんとかして、言葉たちが、彼に追いつくといいなあと私は思う。これでこの話は終わりだ。

義務

 今日も彼らはやってきた。ついに彼らは、彼らの王国に私を誘おうとしたのだが、彼らはあまりにも病的な目つきをしていた。彼らが玄関につま先を入れることを、僕は拒否した。僕は彼らの子供のために、彼らの話を聞いてやっている。私が彼の話を否定して、彼がこれによって生じたストレスを、彼の子供によって解消してしまう危険性がある以上、私にはこのようなことしかできない。