AIの知らないことが地元の図書館にはある

8月――栃木県は日光市に行った。これは ゴシドラに参加するためだ。この会は本当に楽しかった。主催者のゴッシーさんには多謝である。

私は渋滞に巻き込まれたくないので、旅行はだいたい深夜に始まる。東北道を120Km/hでぶっ飛ばしたら早く着きすぎた。バカが。だからしばらく時間をつぶす必要ができた。これはその時に知ったいまいちの伝説と昔話だ。


日光といえば日光東照宮を想起する方が多いだろう。JR日光駅も東武日光駅も、日光東照宮にほど近い場所に位置する。観光客はこれらの駅を目指して電車を乗り継ぎ、駅に降り立つ。観光地に足を踏み入れた時のあのほほえみを浮かべる。思ったよりも都会じゃんとか、自然がきれいだねとか、そういうたわいもないことを言う。グーグルマップのストリートビューで見た景色と、目の前の景色を重ねて、驚きがないことに安心する。観光地――安全な田舎――に来たのだ。

ただ、日光市の行政的な中心地は日光駅のよりも少し東側にある(政治的体制は西側だ)。最寄りのインターチェンジで降りると道の駅があって、そこにはエンジンをかけたままの車が何台か止まっている。家族たちが旅行の夢を見ている。

道の駅に隣接するコンビニできしめんを買って、イートインで食べていると太陽が昇り始める。蒸し暑い一日になるんだろうと思う。道の駅に次々と訪れては次の目的地へ向かう車を眺める。この中の誰かが朝の運び手なんだろうなとか、キモいことを考える。集合時間までは、まだキモいくらい時間がある。

なんとなく鬼怒川に行く。適当な駐車場に停めて少し歩く。何枚か写真を撮る。すぐにキモいくらいの既視感を覚える――思えば、私はここにもう三回くらい来ている(しかし私は一般に風景に興味がないから、目にするほとんどのものは観光地の一葉として記憶の土に鋤きこまれてしまう)。東屋には中年の女性が一人で座っていて、私のことをずっと眺めていた。ここで為すべきことが彼女にあるようには見えなかった。誰もがルビコンの戦士というわけにはいかない。


もうすぐ九時になる。私は車に乗って旧今市まで戻る。グーグルマップをしばらく調べて、どこか面白そうな場所がないか探す。今市図書館が目に留まる。私は車を走らせる。五分もたたずに着く。ここで私はいまいちの伝統を知ることになる。おそらくほとんどの人が知らないであろう伝統だ。


今市図書館の概観。上から見ると、四角を一辺を円弧でくりぬいたような構造をしている


キモい図書館だな、というのが最初の感想だった。図書館の入り口は、滑らかな曲線が描く弧の底に位置する。エクセルで作られたとおぼしき破滅的なレイアウトのカレンダーが自動ドアに張り付けてある。聖と俗の戦いは人類が愛情に目覚めた時から続いていて、あらゆるところにその戦場がある。それはいいことだ。

図書館に入ると何人かの老人が(おそらくいつもと同じ)本を読んでいる。新聞を読んでいる奴もいる。0から900番までの本が並んでいる。古いエアコンの音がする。折り畳みの机がいくつか並んでいて――図書館にありがちなことだが――地元の作家の本だか、新しく収蔵された本だかが並べてある。「なつやすみに ほんをよもう!」みたいなバカみたいな詞書が書かれた折り紙の飾りもあった。この折り紙は本当にバカみたいだった。包丁売り場で「しょくざいを きろう!」なんて書くだろうか? まあいい。人類の愚かさは改めて言うまでもない。

受付には二人の職員がいた。館内の写真を撮ることはできないようだった。バルコニーに出ることはできるかと職員に尋ねたが、彼女たちはそもそもバルコニーの存在を知らないようだった。私は上の写真を見せたが、バルコニーに人を出したことはないと彼女たちは断った。職員は、見学をするのは構わないが、他の利用者の迷惑になることはやめてくれと私に告げた。そしていささか慌てて、三階には絶対に行かないでくれと付言した。私は絶対にそういうことはしないと言った。

フロアの中央にらせん階段があって、私を2階にいざなった。どちらの ( ウィング ) も自習室として開放されていて、一番乗りをした高校生や中学生が静かに夏休みの宿題を広げていた。特に懐かしい気持ちにはならなかった。そういう人生もあるのかと思うだけだ。彼らの何がテストされるのだろうかと私はなんとなく考えた。少なくとも勤勉さと指の筋肉の証明にはなる。


私は『レファレンス室』と書いてあるほうの自習室に入った。4人掛けの長机が4つ置いてあって、あとは背の低い本棚が並んでいるだけの、ひどく小さい部屋だった。

張り紙を読むと、どうやら郷土資料や地方議会の議事録が収められている部屋のようだった。公文書館は日光市にないのだろうか? おそらくないのだろう。地方議会は切り離された宇宙で、議会の元になる水素やヘリウムが存在し、それが生み出す鉛まで続く原子たちが一通りそろっているのだが、誰も気にしない。それはいいことでもある。

日光市議会の議事録をぱらぱらめくる。いささか滑稽な質問が並んでいて私を和ませる(例:Q. マラソンNIKKO RUNの予定入場者は何人くらいか? A.初回だからわからない)。日光市は先代市長の死去により、副市長がその座に就いたが、独自路線を策定することに苦慮しているということも知った。高山の気候がもたらした奇妙な生態系の観察は私を飽きさせない。

ただ、これらの議事録はインターネットに公開されていることだ。それは私をげんなりさせた。インターネットの拡大はある種の幻滅をもたらす。子供のときに書庫に入った時のあの感じ、古い本を一冊取り出し、その貸出カードにまだ何もスタンプが押されていなかったときのあの興奮を奪っていった。

だが、急いで付け加えれば、この類の幻滅は文明のあらゆる進歩に伴ってきた(書物は森の奥の賢者を訪ねる喜びを奪った)。そう思えば、私はむしろ喜ぶべきかもしれない。

本棚を進む。栃木県のシモツカレをインタビューや歴史的書物を通じて調査した報告書を見つける。地元のばあさんにインタビューをしてご家庭のシモツカレのレシピを集めました。シモツカレが『スミツカレ』と呼ばれている場所を調査しました。ネオリベが税金の無駄と叫んで勃起しそうなやつだ。『論考編』が付属しており、心を和ませるエッセイが並んでいるため、ネオリベも自由競争と叫んで絶頂射精だろう。この報告書は文化庁のWebページから入手することができる。私は次の本に進む。次の報告書に進む。


おそらく昔、知識の存在そのものが価値を持った時代があった。アレクサンドリアの巨大な図書館は、その存在自体が価値を持っていた。そこにどのような本が存在するのかを知っていて、その本の複写を持っていることが何かの特権的な地位を与えた時代もあった。生き字引という言葉がまだ単純な誉め言葉としてつかえた時代もあった。

今はそうではない。今や検索エンジンと生成AIは強力な司書の役割を果たし、上に書いたことを素早く探し当てることができる。私は実際に上記の二つについては試してみたし、検索エンジン付きの生成AIはどちらもばっちりと拾ってくることができる。


もはや、世界の情報は探し当てる必要がないようにすら思える。全ての情報は検索可能で・アクセス可能で・相互運用可能で・再利用可能であるように思える。それは 公平 ( フェア ) なことだ。研究者――私はもはや調査者くらいのレベルだが――としては、その世界が非常に申し分ないことを認める。素晴らしいことだと署名する。本棚に平成18年度に策定された『栃木県が侵略されたときの手引き』を見つけ、それがインターネットで探し当てられることを確認する。知識は最も簡便な形で手に入る。スーパーで食材が買えるからといって食べる喜びが低減しないのと同様に、簡単に知識が得られるからといって知ることの喜びは奪われていない。

しかし、それはさまようことの喜びを奪う。子供のとき、青いシャツの司書の男性に連れられ、県立図書館の閉架書庫に入れてもらったことを思い出す。静かで乾燥していて、ぼんやりと明るかった。彼が「ここには県で一番たくさん本があるんだ」と自慢するように言った。あのとき、確か、地元の観光地に来る自動車の出身県を調べていて、それを他の統計値と比較したいと思っていたのだった。クリーム色のキャビネットが立ち並んでいた。その探求は単に楽しかった。自分の読み切れない量の本が並んでいて、その間を歩き回る。全ての本に何かが書かれていて、それが私をどこかにいざなう。

薄い冊子を本棚から取り出す。ぱらぱらと中を覗く。古い本で、なぜかページごとにフォントも古さもバラバラだった。きっと、この本の1000冊の兄弟は、こいつを残してすべてどこかに消え去ってしまったのだろう。次々に殺されていったアウレリャノ・ブエンディア大佐の17人の息子たちのように。


それは『聞き覚え いまいちの伝統と昔話』というタイトルの本だった。中身はひどくいまいちだった。著作権に抵触しない程度に抜粋しよう。

白崖岩

小来川街道の峠の長い坂道に下り、行川橋をわたると流れは大きく蛇行し、その縁の中に白い大きな岩が聳びえていました。これが白崖岩です。昔、天気のいい日にはこの岩に白蛇が姿を現し人々は神の使者と思っておりました。

あるときは岩の上に長々と伸び、ある時はとぐろを巻く白蛇を尊びました。そしてその岩を白崖岩と呼び百尺ほどあらう岩の中段の穴を白蛇の棲家としてお宮を祀りました。

今も尚、白蛇がいるということでしたが、昭和の今市大地震で岩盤が崩壊し跡形なくなりました。

薄味すぎるな、と思った。なにもせえへんのかい、とつぶやいてしまった。普通、このような白蛇は霊験があらたかで、人を食うだとか、女性の懐妊に寄与するだとか、雨を降らせるだとかいう、とってつけたようなエピソードが付与される。

しかし、白崖岩からはそのような虚飾がはぎ取られている。岩があって、白蛇がいて、祀っていたが、昭和の大地震がその魔力を完全に消し去ってしまった。簡潔にして想像の余地をたっぷり残している。素晴らしい記述だ。

その他、あまりにもどうかと思う伝統を複写してもらって、私は図書館を出た。車内は狂いそうなほど暑かったから、私はしばらく狂ってから車を出した。


参考までに、以下が、生成AIに白崖岩について尋ねた時の結果だ。

白崖岩(しらがけいわ)は、栃木県今市(現在の日光市)の近くに位置する場所で、ここにも伝説が残されています。

白崖岩の伝説

白崖岩には、かつて村人たちを救った姫の悲劇的な物語が伝わっています。昔、この地域では大きな災厄が起き、村全体が干ばつに苦しんでいました。作物が育たず、飲み水も不足していたため、村人たちは途方に暮れていたのです。

その時、村の領主の姫が、自らの命を捧げて村を救うという決断をします。彼女は、白崖岩から身を投げることで神々に祈りを捧げ、村の干ばつを終わらせることを決意しました。姫が白崖岩から身を投げると、不思議なことに空が曇り、すぐに大雨が降り始め、村は再び水に恵まれました。 村人たちは姫の自己犠牲に深く感謝し、白崖岩を神聖な場所として崇めるようになりました。この伝説は、地域の人々にとって「献身と自己犠牲」の象徴として語り継がれています。

白崖岩の現在

現在も白崖岩は地元の人々や観光客に知られており、その伝説とともに神聖な場所として扱われています。また、周囲の自然景観も美しく、訪れる人々にとっては歴史や自然を感じる場所でもあります。

この伝説は、地域の自然と人々の信仰が結びついた典型的な物語の一つであり、白崖岩は今でもその重要なシンボルとなっています。

なんというキッチュさだろうか。私はここで、生成AIのその統計的性質についての言を弄そうとは思わない。

ただ、私は少なくともここに、書物の間をさまようことの楽しみを再び見つけた。地元の図書館はまだ手付かずの森で、そこで仕留める獣は――確かにイベリコ豚ほどの柔らかさはないだろうか――狩猟の楽しみを教えてくれる。

AIの知らないことが地元の図書館にはある。