Category:日記

Of monsters and menのライブがあるじゃないか

宣伝なのだが、以下の同人誌に寄稿を行った。ぜひチェックしていただきたい。ラッパーを僭称しそのように言うなら チェックしてみな ( チェケラ ) ということだ。

内容はいわゆる疑似論文とかルポタージュフィクションとか呼ばれるたぐいのもので、基本的には評判が悪いのだが -- 文体の下から態度が透けて見えるランキング上位であることは間違いない -- なんとなく普通に書いてもさっぱりウケないのでこちらにした。私はまだ自殺したくないので、書いた文章を基本的に読み返さないのだが、常にかなり真剣に書いている。

また、自己紹介の部分にも書いているが、一階道洋は寄稿依頼を年がら年中受け付けている。学生からは料金を頂戴せずに書いている。なぜなら私がそうさせたことがあるからだ。以上。

ペンギンですが、関税に反対します

アメリカ大統領であるドナルド・トランプが、ペンギンの住む無人島へ10%の関税をかけた。その後、私のLINEの友人が一人消え、代わりにペンギンという名前のユーザーが表示された。 私はあなたはペンギンなのかとそれに尋ねた。ペンギンはそうだと答え、以下のような文章を送ってきた。

第二種電気工事士を取れば安心してAIに職を奪っていただける

皆さんはAIに職を奪われているだろうか? 私はよくAIに職を奪われている。

自炊するな。ガチでやめろ。人生終わる。

引越しをするついでに自炊――家の本の電子書籍化――を行った。以下はその時の作業メモ、および深い後悔についての記録である。短くまとめると、絶対に自炊はしてはいけない。自炊をすると最悪死ぬ。

百合根を暖めると好きな根菜発表ドラゴンが生まれる

生きている人間じゃないんだ。稲川淳二はこのように霊を述べる。それは 死んだ人間、すなわち死体であることを意味しない。腐敗し、動かず、そして荼毘に付されるべき単なる物質を意味しているわけではない。彼が説明しているのは、生きているという部分がない人間がいて、それがまさに彼の足元から忍び寄ってきている、ということだ。生きている人間じゃないんだ。これはこの世のものではないんだ。

これはもしかしたら馬鹿げて聞こえるかもしれない。人は死んでいるか生きているかのどちらかで(中間項は存在しない。生と死にかかわる議論はその境界をどこに引くかに注目している)、生きている人間ではないのだったら死体だ。それ以外はありえない。

しかしそうではない。死体と生きている人間の間に横たわる領域には、物事が存在しうる領域が存在する。現実の何かが掛け違ってしまった(もしくは、現実は常に掛け違いうるもので、実際に掛け違った)領域が存在する。そこでは時間が奇妙に歪んでいて、そこに存在するのは霊――生きてはいないが、決して死体でもないもの――だ。もしまだ不可解なら考えてみてほしい。霊はいるのか、そしているとしたらどこにいるのか。私が好きなのは『夜汽車での話』だ。

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