Category:うそ日記

オナホールのある生活

日記

こんにちでは、自分の身の上を語るということが高く評価されている。 実際、我々が精神的な紐帯をもちにくくなった現在となっては、スポーツ観戦としょうもない日記にこれまでくだされていた評価は、あまりにも不当だった。

一方で、私は今日もうその日記を書いている。 多くの人が思うのと違って、これは『自分は嘘をついている』と分かっている点で、かなり狂気からは遠いところにいる。 というのも、ほとんどの狂気は、自分で自分を正当化する、というシステムを、自分自身を保つために必要とするからだ。

ところで、オナホールのある生活とはどのようなものか、きみには分かっているだろうか? 

マウスについていくつか

日記

我々は専門用語を用いるときに、多くの場合、ただ一回のみ定義が上書きされることを措定している。 例えば、我々は『リアリズム』と言った言葉を、国際関係を述べるときにおいては、ある種の悲観的な立場のことだと捉え、 特別な注釈や、議論がよほど行き詰まったときでなければ、これらの定義を振り返ることはしないし、 別の場所(例えば美術における)『リアリズム』と混同することもない。 この一回きりの定義という条件が成り立ち、日常用語を上書きすることによって専門用語を構築している限りにおいては、 用語の定義の順序にはさほど気を使う必要がない。 というのも、私たちは必ず一意に定義の鎖をたどっていき、それは日常用語か、上書きされた一つだけの用語に落ち込むのだから。

 ところで、実験用のマウス、と言ったときに、バイオインフォマティシャンたちは何を思い出すのだろうか? この愛しい赤い目の白いふわふわのことだろうか? それとも、この赤い光線を出すなんとも健気な機械に対してだろうか?

 これもまた別の種類のたわごとで、私がこの話を日記として書こうと思ったのは、単に、日記という名前に、私があまりにも注意を払ってこなかったことに気がつくためだった。 (読者への注:このような動機で書くことは可能なのだろうか? つまり、すでに気がつこうと決心したことに、再び気がつくことは。私にはよくわからない。私は自分に言及しすぎることはわかっているのだが。)

これもなんでもいい話だった。

日記

日記

どうやらやや異常に時間が経っていたらしく、光陰矢の如し、月日は百代の過客にして行き交う年もまた旅人なり、 10年は一昔、ということを思った。何を言っているんだ?

何にせよ、近年では、夏が終わり、秋がやってくるという事態に発展し、これがいわゆる自民党の総裁選を引き起こす事態になったことは言うまでもないことだが、 やはり総裁選の前に悪辣な策略をもってなんとかがどうの。私は本来、もう少し病的なことを書くつもりだったし、 実際に一度ならず書いたのだが、あまりにも書くことに意識的になりすぎたあまり、消してしまった。 少しだけ話しておくと、自分のレピュテーションをあげるために、災害を意図的に引き起こし、どうの、と言うつもりがあったのだが、 これは明らかに、具体的に触って、見ることが出来る種類の人権を無視している。 というのも、原則として、いわゆる政治というものが人間を利用することはあってはならず、災害を利用することによって、 間接的にその被災者をも利用している、というのは明らかであるから。

私は何を言っているんだ。

アルコールについていくつか

日記

とても久しぶりに日記を書く。 だんだん私も理解してきたことで、多くの人が幼少期に学ぶべきものとして、生活には述べるところがあまりにも少ないということがある。 私はこの事実を『ユリシーズ』を通して理解した。生活は単調で、すべてがルーチンと化していく。 朝日が昇る、服を着る、顔を洗う、化粧をする……すべてが徐々に巨大な柱に巻き取られていき、それの外周を歩くのには24時間かかる。

私は一体どんなメタファーを使おうとしているんだ? そんなものはどうでもいいことだ。

何にせよ、私は書くし、それは書くべきでないことや、書くことによる効果("書く意味"とあなたは言うかもしれない)がないものや、 あなたや私にとってどうでもいいことを含む。例えば昨日の停電のことなど……。

くっそ暑い

日記

くっそ暑い。昔、ファッキンホットと、ウェットスーツを来た女性がブチ切れている動画を見たことがある。 このような種類のTV番組は、今はできないだろう。 理由は単に、こういったビデオクリップは、『ガイジンの反応をバカにする』こととほとんど不可分で、 原則として、人種や出自に基づいて、人間を笑い者にすることは、彼らの同意が取れていないときには、 悪徳だとみなされているからだ。

ただ、この価値観は、ここ10年近くで急速に発展してきたものだし、未だに『ロシア美人をはめ倒したい』という意見が聞かれることからしても、 十分に浸透しているとは言い難い(もちろん、あなた達は、より露骨な例を思いつくだろうし、思いつくくらい、しっかりとこの世を眺めてきたはずだ)。

個人的な感想としては、移民政策に関して、現政権がどのような対応をしていくのか見ものだが、 これは単に、キャットファイトを眺めるのは、少なくとも動きがあるので退屈しないという点において 見ものだというのと同じようなものだ。

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