Category:うそ日記

父親についていくつか

日記

本当に何も言うことがない生活を送っている。特筆するべきことも無い。ラテンアメリカ小説の翻訳家・研究家が死んだ。これは嘆かわしいことだが、私の話ではない。語ることがない人間は、他人の痛みを知りたがる。

花冠についていくつか

りんごジャムとすりおろしたての手

日記

またもや、レズビアンたちが期待されている。 結局の所、彼女たちも恋人たちというだけのことに、我々が気がつくのには、もう少しかかる。

ところで、サントリー公式バーチャルYouTuberの燦鳥ノムが可愛すぎる。発狂しそうだ。私はわたし自身を落ち着けるために、どこらへんが可愛いか説明する。

  • 119歳
  • 手がでかい
  • 短歌が詠める
  • 高身長
  • 目つきがやや悪い
  • 手がでかい
  • 髪が短い
  • 動画メインなので追いやすい
  • たまに水の国の言葉が出る
  • サントリー飲料を買うだけで推し活動ができる
  • 手がでかい

特に手がでかく、私はまた新しい好物を作ったということだ(基本的に不満足な人生において、好物が増えるということは、それだけ望ましい)。 もちろん、権力勾配とジェンダーロールの固定化の時代にあっては、ほとんどの好物について、固有の瑕疵がある……。

ところで、このブログ記事:東大を舐めている全ての人達へがいろいろ良すぎた。

今日話すのは、りんごジャムとすりおろしたての手についてだが、これも全てうその話だ。

オナホールのある生活

日記

こんにちでは、自分の身の上を語るということが高く評価されている。 実際、我々が精神的な紐帯をもちにくくなった現在となっては、スポーツ観戦としょうもない日記にこれまでくだされていた評価は、あまりにも不当だった。

一方で、私は今日もうその日記を書いている。 多くの人が思うのと違って、これは『自分は嘘をついている』と分かっている点で、かなり狂気からは遠いところにいる。 というのも、ほとんどの狂気は、自分で自分を正当化する、というシステムを、自分自身を保つために必要とするからだ。

ところで、オナホールのある生活とはどのようなものか、きみには分かっているだろうか? 

マウスについていくつか

日記

我々は専門用語を用いるときに、多くの場合、ただ一回のみ定義が上書きされることを措定している。 例えば、我々は『リアリズム』と言った言葉を、国際関係を述べるときにおいては、ある種の悲観的な立場のことだと捉え、 特別な注釈や、議論がよほど行き詰まったときでなければ、これらの定義を振り返ることはしないし、 別の場所(例えば美術における)『リアリズム』と混同することもない。 この一回きりの定義という条件が成り立ち、日常用語を上書きすることによって専門用語を構築している限りにおいては、 用語の定義の順序にはさほど気を使う必要がない。 というのも、私たちは必ず一意に定義の鎖をたどっていき、それは日常用語か、上書きされた一つだけの用語に落ち込むのだから。

 ところで、実験用のマウス、と言ったときに、バイオインフォマティシャンたちは何を思い出すのだろうか? この愛しい赤い目の白いふわふわのことだろうか? それとも、この赤い光線を出すなんとも健気な機械に対してだろうか?

 これもまた別の種類のたわごとで、私がこの話を日記として書こうと思ったのは、単に、日記という名前に、私があまりにも注意を払ってこなかったことに気がつくためだった。 (読者への注:このような動機で書くことは可能なのだろうか? つまり、すでに気がつこうと決心したことに、再び気がつくことは。私にはよくわからない。私は自分に言及しすぎることはわかっているのだが。)

これもなんでもいい話だった。

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